2008年11月

原田彰子(はらだ・あきこ) 熟塾創始者・代表
  商社勤務。入社後、大学で学んだ中国語を活かし、25年前ボランティアで、帰国した残留孤児の為の日本語教室の日本語教師を1年間担当。会社でもボランティアサークルを作り、手話を学び、ユニセフに古切手等を換金し5年間で100万円を寄付。

  1996年6月20日49歳で他界した弁護士高橋正毅氏との出会いをきっかけに、1994年10月、平成の適塾を目指し、「熟塾」を旗揚げ。西大寺の「善財童子」と同様に、小さいながらも様々な人々の教えを請いながら悟りを開こうと試行錯誤、ただ今熟塾の活動を通して修行中。

 趣旨に賛同し登壇いただいく講師や塾生・関係者の協力を得て、自分でも時々何でこんなに一途なのかと戸惑う時があるほど大阪や関西の歴史・文化を学び、活動を続け、情報発信しようと働きながら自転車操業で奮闘中の「言いだしっぺ代表」。連絡先:BXI05250@nifty.com / TEL/FAX :0729-94-2856


塾生をあいうえお順に紹介します

青木千代江(あおき・ちよえ)

 私の「熟塾」との出会いは、96年秋に原田さんとお会いしたのがきっかけです。兵庫県丹波市市島町中で稲作を中心とした農業を営んでおります。 『専業主婦から専業農家へ』転身して1年目が大変な冷夏でした。米無い「パニッ ク」になり、そのことを機会に自分で生産したお米は、自分で売ろうと思いました。

 自然はあまりにも残酷で厳しく、お米を取り巻く情勢も決して良くはないのです が、環境と身体に少しでもやさしい栽培方法で育てたおいしいお米を、皆様の台所へ 直接お届けする、といった方法で日々努力をしております。  

  私が自信を持って生産いたしました、コシヒカリ100%米「ちよえちゃん」を是非ご賞味ください。お値段は10kg:5,300円、 5kg:2,650円です(送料は実費)。 これからも「育てる」側と 「食べる」側とがお互いに「コミュニケーション」のとれる「新しい農業」をめざ して頑張りたいと思います。

農園奥たんば・
代表 青木千代江 Tel/Fax: 0795-86-0690 E‐mail:chiyoemy@alpha-net.ne.jp URL:http://www3.alpha-net.ne.jp/users/chiyoemy/


秋山夏虫(あきやま・なつむし)

 1943年 大阪市生まれ。熟塾に数年前に『飛んで火に入った』夏虫です。

  2003年3月に総合商社を定年退職後、文人画家を自称して世界の路地や港、島々など自分の好きなモチーフを描きながら旅を重ねています。雅号を『路次健』(ろじけん)としています。熟塾では、『専属イラストレーター』ということになっていて下手絵をときには提供させてもらっています。大阪の下町に生まれ育ったわりに大阪の文化や遺跡など何も知らなかったので熟塾で改めて勉強させてもらっています。

 
十三近くの新大阪のアトリエと言えば聞こえが良いですが、要するに陋屋での日常が、私にとっての「天国」です。世界の中でこの大阪をこよなく愛している「不良」会員です。今後とも、どうぞよろしくお願いします。(右のスケッチは自画像)


浅井憲治(あさい・けんじ)
 にほ鳥の息長川は絶えぬとも君に語らむこと尽きめやも (万葉集4458) 

  この歌は、聖武上皇の最後の難波行幸の際に、河内の豪族馬史国人によって詠まれたものです。この息長(おきなが)川が、現在の平野区、東住吉区を流れる今川であることが、最近地元の郷土史家の調査によって発表され、その方に偶然お会いしたことがきっかけで万葉の世界にわけ入りました。防人の妻の歌 '赤駒を山野にはがし捕りかにて多摩の横山かしゆかやらむ' の多摩市が本部の歴史古街道団の関西地域メンバーとして難波、河内を中心に古代の大阪の道、さらに全国の道と遺跡を調べています。

 日本最古の官道、難波大道のそば、上町台地で生まれ、住み継いでいきます。'81からの3年、仕事で中国・上海で暮らしていた間に、太極拳を学び、帰国後に原田代表が主催される会合で披露したことが、その後に熟塾に参加させて頂くきっかけになりました。

  大阪に今も残る古代の道は、九州そして朝鮮半島を経由して中国大陸、シルクロードに通じています。 そのすべての経路を調べ、たどることを夢見ています。


池崎宗男(いけざき・むねお)

 勉強嫌いで宿題せず、校庭の花壇の草引きをよくやらされ、オシロイバナなどの種を採っては蒔いて楽しんでいた。それが造園業を営む原点かな。

  原田彰子代表とは、三堀(土佐堀、江戸堀、京町堀)町おこしプロジェクトで出会い、情熱的に大阪の文化を語る彼女が印象的で
、即、入信(?)。住んでいる地域(八尾市)をきれいにしようと、10年間、電柱の貼り紙や捨て看板をほぼ毎日一人で取っては捨てています。花いっぱいの町にすべく花のボランティアグループを立ち上げ活動もしています。

  日本アドベンチャーサイクリストクラブ(JACC)の会員。代表の池本元光さんは、以前、交通遺児を支援する赤とんぼ号に乗って、塾生の山本孝史さんと日本を縦断をしたそうです。メンバーには、北極で逝った河野兵市さんや、夫婦で世界一周の途中病気が見つかり、急きょ帰国療養をしながら残りの旅を続けるエミコ・シール、スティーブ・シールさんも。法務省保護司を委嘱され、更正保護に携わって4年目。非常勤の国家公務員ですが、ボランティアが基本です。

 ( 03年5月の熟塾イベント「ハンギングタブロー・多肉植物でアートしましょう!」で講師。 05年11月17日の熟塾公開講座「大阪の犯罪傾向と少年犯罪」で2度目の講師を務める。)


井上 章(いのうえ・あきら)

 毎朝6時すぎに、自宅近くの心斎橋の銭湯「清水湯」へ20年欠かさない朝風呂の超常連さん。「前日のアルコールを流すため」と悪友が!。肌の美しさ・艶を保つためでもあるらしい?。

 粋な人生街道まっしぐら。三味線の稽古にも熱が入り、車に乗せてもらう人は、必ず、「チントンシャン」のテープを聞かされることに。御師匠はんたちとの交友も深く、遊びのコツを教るならこの人。熟塾一の「遊びの達人」。旨い所のポイントはお任せ。旅行主任者の資格も保持。本業か副業かはわからないが「木材市場」の営業部門のリーダーらしい。が、仕事の名刺は誰にも配らない。

 1999年の大阪パワーアップ講座で講師の倉光弘巳氏と旧知の縁でスゴイ・モーレツ・ヤリテ原田姉御に深く感動し、彼女の側に居るようです。熟塾一座もこの人がいれば倍明るく楽しくなります。


大川哲次(おおかわ・てつじ)
 弁護士。よつば法律事務所所長。三重県尾鷲市生まれ。平成10年度大阪弁護士会副会長。大阪簡易裁判所調停委員、佐野簡易裁判所司法委員。平成15年度から大阪弁護士会犯罪被害者支援委員会委員長。日弁連犯罪被害者支援委員会委員。大阪矯正管区管内篤志面接委員協議会常任理事。奈良少年刑務所篤志面接委員協議会会長。その他、大阪刑務所、大阪医療刑務所、大阪拘置所、浪速少年院、奈良少年院においてボランティアとして受刑者、少年たちの指導・教育にあたる篤志面接委員を務める。大阪被害者支援アドボカシーセンター理事。NPO法人アクト情報交流副理事長。
 
 日本ペンクラブ会員、温泉学会理事。司法修習生時代から人や食文化、自然との出会いを求めて旅を続ける。日本百名山全山登頂を達成。秘境を中心に、海外86ヶ国を訪問。温泉は、1673湯入湯済み。各地にまんぷく会をつくり、全国食べ歩きも続けている。

 05年11月17日の熟塾公開講座「大阪の犯罪傾向と少年犯罪」の講師を務める(写真)。

大西芳郎(おおにし・よしお)
 昨年12月の日経新聞に【熟塾】が紹介されていました。是非参加したいと思い申し込みを致しましたところ、承諾を頂きました。

現在は大阪府高齢者大学に通学しています。しかし同大学は橋下知事の行政改革の一環で廃校となりました。
そのときに【熟塾】を知り、入会をお願いをしました。会の名誉を汚すことの無い様に頑張りますので、宜しくご指導をお願いします。

会のご繁栄と、会員各位のご健勝を祈念し、ご挨拶を申し上げます。

大森史子(おおもり・ふみこ)

 友人の紹介で、96年4月の「春爛漫山桜舞う高取城・壷阪寺を訪ねるバスツアー」に参加。桜にはまだ早く、一ひらも咲いていなかったが、原田代表と食事をし、熟塾について熱く語る彼女に魅力を感じ入塾。塾生歴10年目。イベントの受付、瓦版の発送など裏方班をリードする。

 会社を退職し、趣味に勉強に磨きがかかる。生涯学習で始めたリズム体操ははや3年目。05年10月には大阪中央体育館で行なわれる「体操フェスティバル2005 OSAKA国際大会」でグループによる演技発表を行なう。

 スポーツが好きでリズム体操の他にゴルフと水泳も。水泳はクロール、背泳ぎ、平泳ぎと種目を問わず。花も大好き。暇を見つけてはデジカメ片手に花の写真撮影に出かける。PCのメモリーは花の写真でいっぱい。塾生仲間のホームページにも登場。自宅の庭に花が途切れることはない。


鍛治睦子(かじ・むつこ)

 塾生歴10年。95年12月、ミニコミ誌で、熟塾が「ちんちん電車の車両を一両借り切ってイベントをする(ちんちん電車で忘年会)」ことを知り、熟塾に興味を持つ。翌年入塾。96年の「介助犬シンシア」応援イベント」で、「介助犬を世に出したのは熟塾」と自負。熟塾の実績はこの人なくして語れない。原田代表のご意見番でもある。

 「POLEPOLE(ポレポレ)を主宰し15年。 POLEPOLEとはスワヒリ語で「ゆっくりと」という意味。多彩なゲストを招いて、講演、音楽、舞踊などを楽しむ。時には旅行も。せわしい現代社会にあって、「ゆったりとした楽しいひととき」を参加者と共有する。鼓の久田瞬一郎先生の講演、タップダンス鑑賞、津軽三味線、中国琵琶、胡弓の演奏を聴く会を催した。これからの企画にも夢がいっぱい。
それが美貌の秘訣の一つ。他には、常に自分を「時の女性」と思い込むことだと。これまでは「藤原紀香」「愛子さま」。最近は「あやや」。

 「花紀行」も主催。月に1回、参加者を募って名所旧跡を散策。機知とウイットとユーモアに富む熟塾の重鎮。


川北公則(かわきた・まさのり)
 食品卸業。熟塾立ち上げ当初からの数少ない塾生の一人。原田代表にとっては、「苦しき時の川北頼み」。家業が忙しく、イベントにはあまり参加できないが、裏方で熟塾を支える「縁の下の力持ち」。

 97年2月の「きりたんぼ鍋を食べながら秋田弁に触れよう会」や食を伴うイベントでは、鍋を用意したり、食材を用意したり。食と文化の探求サークル「熟塾」にはなくてはならない人。

  口数少なく、「原田代表の一生懸命さが魅力」とポツリ。

北原祥三(きたはら・しょうぞう)
自称「熟塾の応援団長」。原田代表の企画にアイデアと人材を提供する。

  同志社大時代は「落研」で活躍。上方落語の応援団長でもある。「船場上方噺の会」を主宰し6年。昨年は、桂三枝と笑福亭鶴瓶の2大看板で、御堂会館大ホール(1200名)を満杯に。今年も桂三枝、桂春団治、笑福亭福笑と大看板を揃えて開演を待つ。

 大阪をこよなく愛する原田彰子代表に共感。落語、講談、京舞と上方文化の発展を陰で支える。スカッシュの相手募集中。

 船場生まれ。メリヤス問屋の三男坊。

熊谷京子(くまたに・きょうこ)

 大阪市主催の「なにわ塾」の梅渓先生の講座で原田代表と知り合い、熱っぽく「熟塾」を語る原田代表に共鳴しました。大阪について学び、発信していこうという姿勢はすばらしいと思います。

  97年11月の「河内厚郎氏の大阪を紹介するキーワード20」に初参加。母と一緒に参加した99年暮れから00年の正月にかけての「なまはげの祈りと共に迎える2000年秋田ツアー」では、秋田の方達のあたたかいおもてなしを受けた得がたい体験であり、忘れがたいお正月です。
 

  熟塾のホームページを担当。


佐々木英彰(ささき・えいしょう)
 真宗佛光寺派常光寺住職で佛光寺派教学委員長。 昭和4年、大阪市生まれ。東京大法学部を卒業後、住友電気工業に入社し監査役や関西経済同友会幹事などを務める。主な著書に『遇法の夜』『佛光寺の歴史と教学』 『ごえんさんの人生法話』 『21世紀の真宗と教学上の諸問題』『世紀末現代の危機と宗教』など多数。

 大阪経済界では安全保障、国際問題、社会情勢などの論客として知られ、宗教界ではオピニオンリーダー的存在。囲碁は六段の腕前。

 熟塾の活動にもエールをおくり、最近では、05年8月6日に行なった「京橋駅爆撃被災者慰霊碑献花と参拝」で読経を(写真)。慰霊碑の前で、ご自分も京橋駅爆撃を体験した一人であることを「表白」に綴り、読み上げる。「『平和への祈り、願い』などと、スローガンばかりが跋扈する世の中。本質的なことを見つめ考えなければなりません」と、平和への取組みが上滑りしていると現代社会に警鐘を鳴らす。

 熟塾の活動のよき理解者でもある。

塩本妙子(しおもと・たえこ)
 モノレール文庫で、ジョセフ・マーフィー博士の本をたまたま手に取ってから、“マーフィー”がマイブームです。
自分の潜在意識という土壌に善き種を蒔いて、素晴らしい収穫を得ましょうということが書いてあります。
あらゆる状態は、あらゆる考えを原因として、その結果生じたもの。(そりゃそうだなぁ〜)
ならば、善いこと、好ましいこと、積極的な想念で、素晴らしい果報を手にしたいですね。

熟塾で、豊富な経験と知識を持った、好奇心旺盛な方々に出会い、体験したことを、沢山の学びとして、私の生活がより素敵に輝いていくよう、発展させていきたいと思います。

下野 讓 (しもの・ゆずる)
 関西の遺跡、食、芸能の良さを尋ねて熟塾に参加。

 これからの人生をおしゃれに生きたいとの願いからNPO法人「おしゃれ学会」立ち上げを夢見る。

 現在は「関西おしゃれ花暦」主宰。各地の花を愛で、文化を学んでいる。

 枚方市在住。継体天皇即位の樟葉の宮の近く。歌舞伎、文楽、落語を愛す。 継体天皇即位1500年の2007年2月4日には早朝に宮にお参りした。

 父から二宮尊徳先生について学ぶ。石田梅岩について心学明誠舎で学ぶ。

 趣味は囲碁(日本棋院囲碁普及賞受賞、六段)とカラオケ。


杉山英三(すぎやま・えいぞう)
 僕は、平成10年5月16日(土)の「大阪城平成の大改修・築城の歴史とその変遷」の案内を見て参加しました。当日午前10時より、ボランティアガイドによる大阪城公園を見て回り、午後、渡辺武天守閣館長(当時)の講演と大改修の映画を見、なかなか良い会で早速、入塾しました。以来7年になりますが、いつも楽しく良かったと思っています。

 いろいろの活動を通じて大阪で育った者にとって、より深い大阪のことを知り、講師も各界の第一人者と思う先生方に来ていただいて身近にお話を聞くことができ、また、文楽でも単に舞台を観るだけではなく、人形を作っているところ、道具の説明などあり、また、「夏少女」「10周年記念公演」などもあり、毎回、参加することを生きがいにしています。

  (杉山さんの愛称は”杉爺(スギジィ)”。 杉爺をもっと知りたい人はこちらから

谷福江(たに・ふくえ)
 

なにわ伝統野菜の地元 田辺大根を応援する主婦として、いつも元気ににこにこ福々しい谷福江さん。

 2004年7月28日の大阪倶楽部でのなにわ大賞の授賞式に所属する準大賞の「田辺大根ふやしたろう会」の応援に駆けつけたときに、出会った大賞受賞の熟塾の活動に「おもしろいわぁ!」と即入塾。

以来、熟塾の定番企画となった《なにわ伝統野菜シリーズ》の企画立案の助言、助太刀役として活躍中。
 
 


田中稔三
 文化サークル「オダサクの会」のイベントで湯布院に行ったときに原田代表と出会い意気投合。夫婦に間違われたのが縁で入塾。04年11月の熟塾イベント「大阪のシュリーマン 難波宮発掘に情熱を掛けた山根徳太郎氏を偲ぶ」に初参加。以後、0505年7月の「和太鼓体験講座」以外は皆勤賞。「太鼓は、自分のお腹を叩いているから練習の必要なし」と。

 よく古寺巡礼に出かける。西国33か所はすでに回った。これから四国88ヶ所お遍路の旅にも出てみたいと。

徳光正子(とくみつ・まさこ)

 老舗「花外楼」5代目女将。

 熟塾の無理な願いを何度も聞いていただいた。03年2月の「朝鮮通信使について学び、饗応料理を食する会」では、江戸時代に朝鮮から迎えた文化使節団への饗応料理の再現、04年の「大阪伝統野菜を味わう・天王寺蕪丸かじりコース忘年会」では、天王寺蕪を使った数々の創作料理、05年の「ピース大阪見学と体験談に戦後を味わう会」ではすいとん等の戦中戦後の食事の再現など。「仕事とは関係なく、大阪からの文化・情報の発信に情熱を燃やす原田代表のような人が大阪にいることが嬉しい」と。

 政治では解決できない問題も、文化、音楽、美術などの芸術で越えることができる。熟塾のような活動は国を越える意味でも大切。人間の視点で語る熟塾にはいい出会いがいっぱい」とも。

 趣味は油絵。個展、グループ展を何度も開催。平成5年には絵(6号〜50号の6点)とエッセイからなる「川のほとりで」を出版。


中村孝夫(なかむら・たかお)
 サラリーマン。04年12月の「大阪伝統野菜を味わう・天王寺蕪丸かじりコース忘年会」に、塾生に誘われて初参加。

 熟塾の活動一覧を見て「よこぞ、ここまで!」と感嘆するのみ。息切れ、種切れすることなく10年以上も熟塾を続けてきた原田代表の企画力・バイタリティに感服。彼女の人脈にも舌を巻く。

 過去の活動で、参加したかった企画が多数あり、リバイバル企画を願う。過去のイベント「アンコール投票」も面白いのではと提案。

平野康子(ひらの・やすこ)
 会計事務所に務めること35年。会計事務をこなす。「熟塾」応援歌を作った山田さんに誘われ、6〜7年前に入塾。

 一番思い出に残っているのは、 2000年8月の「早坂暁氏講演会と映画『夏少女』上映会」。脚本家・早坂暁氏の講演と映画「夏少女」と「終戦弁当」の再現にスタッフとして参加。大変だったがいい思い出となっている。

 歩くことが大好きでサークル「文学・歴史ウォーク」の運営委員でもある。企画・下見などで忙しい毎日。

深堀正昌(ふかほり・まさあき)
 自分は、泉州岸和田生まれ、現在大阪狭山で生活しています。仕事は、皆さんご存知でしょうか、御堂筋新聞というフリーペーパーとしては草分けとなる情報紙を編集しています。女性が対象ですので、女性の目線で世間を見るよう意識していますが難しいですね。例えば、皆さん、美味しいもんに興味があると思います。もちろん、自分もそうですが、味より調理の方に関心が向いてしまいます。珍しい料理にであったら、料理本で研究して調理することは楽しみの一つです。したがって、美味しいお店の紹介などは苦手です。

  また、旅行も好きで、最近は以前のようにオートバイで遠方に出かけることはなくなりましたが、日常の中で遭遇するささやかな感動の連続が旅の醍醐味と思うようになりました。普段の生活圏内でも新鮮な発見は多くありますよ。一駅前で下りて、今まで通ったことのない路を選んで帰宅するだけでも、秋は虫の音、見過ごしそうなところに咲く花、生活者のにおいなどに癒されるものです。

  大相なことが嫌いで、何気ない中に楽しみを求める性質の方で、どちらかと言うと派手さを求められるマスコミには向いていないかも知れませんね。(写真:田尻キャンプ場・バーベキュー会で海老を焼く)

堀内紀江(ほりうち・のりえ)
 4年前、「夫婦善哉」を食べながら織田作之助の人生を味わおう会」に初参加。東大阪在住の伊ヶ崎淑彦先生(郷土史家・02年12月の「赤穂浪士討入り300年記念」で塾塾講師) に、「大阪で熱心に活動している女性がいる」と紹介された。

  「バラエティに富んだ熟塾のイベントで、若い人達と一緒に勉強ができて人生バラ色。毎月、瓦版が送られてきて、次回案内を見ると、体調が悪くても参加しようと思い、元気になる」と。原田代表については「熱意とパワーがあり素敵な女性。一流の講師を招く人脈、仕事との両立にも感心」と。

  原田代表曰く「堀内さんは、気配り・心配りの細やかな方で感謝しています!!」

松井佐知子(まつい・さちこ)
 東心斎橋二丁目(ゴールデン第一プラザビル)にサロン風クラブ「群芳」を開店して11年目。4〜5年前までは、お店の他に昼の仕事も。小学生の家庭教師、接骨院の受付、郵便局での仕分けの仕事、クリーニングの配達、チラシ配りなども。今は、お店一筋。

 塾生のお客に誘われ、05年入塾。お店ではいろんなお客さんから知識をもらう。熟塾での出会いも財産。できる範囲でお付き合いをしたいと思っている。いつも「感謝」の気持ちを忘れず、素敵な出会いのページを一枚一枚増やす。

  趣味は、陶芸、ジャズ、車の運転。料理も得意。お店では心尽くしの料理が並ぶ。

  高津高校出身。お店は、同窓生たちの憩いの場に。

水本光洋(みずもと・みつひろ)


 友人の紹介で、99年4月のイベント「錨を上げろ!帆船"あこがれ"大阪湾体験クルージング」に初参加。非常に面白かったので入塾。仕事柄、休日が定まらず、熟塾のイベントにはなかなか参加できないのが残念。「熟塾は、多様な職業の人、幅広い年齢層の人たちの集まりなので魅力的なサークル。すばらしい人たちばかりで、熟塾は僕の財産」と。

 99年暮れから00年の正月にかけての「なまはげの祈りと共に迎える2000年秋田ツアー」に参加。

 旅が大好き。神戸新聞社勤務。 (写真:湧き水を沸かしての1杯のコーヒーに幸せを感じる時 [奈良県天川村にて]05年9月)


宮本麗子(みやもと・れいこ)
 浪曲界期待の新人、菊池まどかちゃんの生まれ故郷の大阪は東住吉区で「菊池まどか後援会」の会長を務める夫を支える事務局長。

近所のかかりつけの病院の事務の女の子が浪曲師になると聞きつけて地元で応援したろうとはじめた後援会もまどかちゃんが文化庁の芸術祭新人賞、大阪府民劇場の新人賞、更に大阪市の咲くやこの花賞受賞と共に会員も急増中。

2006年9月に熟塾が主催した「浪花節初体験ワークショップ」で人情を熱く語る熟塾の活動に共感し、入塾。
熟塾の活動でも、後援会同様の事務作業をこなす手腕が期待される

村上福壽郎(むらかみ・ふくじゅろう)
 前職の某電機メーカー総務部長時代に社会貢献に目覚める。オーケストラやバトミントン、ラグビー等を支援。

  高校同期で親友の下野さん(塾生)の紹介で原田代表に会う。食事をしながら4時間喋りどうしの”機関銃のような原田さん”に圧倒され入塾。

  骨折しながらも、2000年8月の「早坂暁氏講演と映画「夏少女」上映会」で活躍。03年10月の熟塾10周年記念イベント「夢から始まる 船場の夢・大阪の夢」では、中央公会堂に集まった900人の観客を前に舞台監督を務めた。熟塾の組織的運営を提案している。

  現在は、海外職業訓練協会大阪事務所長。趣味はゴルフ。中国語の勉強にいそしむ。

森 欣子 (もり・よしこ)

 欣は欣喜雀躍のように「非常に喜ぶ」という意味です。祖父がどんな時にも喜びを見出せる子になるよう名づけてくれました。

  平日は家業の文房具・事務用品店で働いています。その他、土日はホテル等で着物着付けのお仕事と着付け教室も開いています。好物は歌舞伎、文楽鑑賞、十一面観音、ありの実、林檎、人(食べはしませんが...アハハ)ets。

  私が熟塾の名前を知ったのは2005年2月の新聞の紙面でした。「モダニズム心斎橋」 ーー ふんふん興味あるある(森の心の中の呟き)。「熟塾..........」 な、なに、何か変わった名前やこと(森の心の中の呟き)。早速ホームページを見る。「へー いろいろ活動してはる、凄い!」ということで、
面白そうなので参加させて頂くことになりました。 原田さんはじめ塾の諸先輩の皆様、どうぞ宜しくお願いいたします。


森川千世子(もりかわ・ちよこ)

 96年8月、日経新聞に掲載された熟塾イベント「阿闍梨の道を行く」の記事に感動。ボランティアや紀行などがミックスされたサークルを探していた時なので即、入塾。2ヵ月後、介助犬シンシアを世に送り出す企画に参加。達成感を味わう。受付・瓦版の発送作業など裏方班をリードする。

 05年8月には、戦争のことを勉強させたいと小学6年のお孫さんと「ピース大阪見学と体験談に戦後を味わう会」に参加。御本人は、終戦の年は1歳。父親が、心筋梗塞で危篤状態から覚めたとき、意識が朦朧とする中、「赤紙がきた!」と叫んだときのシヨックは今も鮮明に。お孫さんのためにも平和な世の中を願ってやまない。

 好きな俳優はイ・ビョンホン。「おじいちゃんと二股かけている!」とのお孫さんからの指摘も。ヨン様は?「彼は胡椒のないラーメン」。(「ヨン様ファンには失礼かな」とちょっぴり心配に。)


森川道子(もりかわ・みちこ)

 熟塾立ち上げ時からの最古参メンバーの一人。すでに80歳を越えているが矍鑠(かくしゃく)として輝き、塾生の憧れの的。おしゃれのセンス抜群。

 「熟塾イベントのバスツアーで方々に連れて行ってもらった。特に96年8月の「阿闍梨の道を行く」(比叡山)は思い出深い。熟塾は、年をとっていても若い人と同じように扱ってくれる。このような会は他にない」と。原田代表と最初に会ったのは「大阪ことば・なにわことば」の勉強会。「原田さんは、自分の娘みたい」とも。

 また、 「熟塾の催し物に参加して若さの気をもらい、元気になるんです」と、05年10月12日の「落語会に行こう!上方落語のツボを知る」の会場でインタビューに答えてくださいました。(写真は会場のドーンセンターにて)


森田秀朗(もりた ・ ひであき)
 大阪は船場・島之内で生まれ育ち50有余年。
 現役の転勤族で西へ東へとウロウロしておりましたが地元へ帰って参りました。

 学生時代からバスケットボールをやっており身体を動かすのが大好きですが、最近あちこちの部品の傷みが目立つようになり年齢を感じているところ!?
 酒とカラオケをこよなく愛しておりますが、このところ長唄・三味線へと趣味の幅を拡大中。

 熟塾は下野さんの紹介で参加させていただき原田代表の熱意に共感、塾生の端に加えていただきました。
 微力ながら塾発展の為お手伝いできればと思っています。
 よろしくお願いいたします。」

 

米川俊信(よねかわ・としのぶ)
 縁は異なものと申しますが、ふとした事がきっかけで小学校の同級生である北原さん(塾生)と再会し、その御縁で「熟塾」の塾生となった次第であります。(ちなみに、若き日は慶應義塾大学の塾生だった・・・?)

  船場生まれの根っからの大阪人で、子供のころは南御堂の境内が遊び場でした。落語・文楽・歌舞伎が大好き(学生時代は落語研究会に所属)、隙に飽かしては足繁く劇場に通っています。

  長年勤めたサラリーマン生活に別れを告げ(実は会社のほうから、別れ話を持ち出される)、現在は、マンション経営のかたわら、司法書士をしていますが、本業はあくまで古典芸能鑑賞家であります。

 (写真は05年10月の熟塾イベント「上方落語のツボを知る」の帰りの地下鉄ホームで山本さんがパチリ)


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