| 東映創立50周年記念映画「千年の恋
 〜ひかる源氏物語」の脚本を書かれた早坂暁氏をお迎えし、作品に込めた思いを早坂氏御著書「恐ろしや源氏物語」をテキストに伺いました。
 早坂暁氏は2000年夏の熟塾初の主催イベントで上映した「夏少女」を世に送り出した方であり、大古典「源氏物語」をどんな切り口で描いておられるのか期待は膨らみました。
 
 プロローグ
 奈良大学雅楽研究会 総勢30名による雅楽
 「迦陵頻」 「胡蝶」
 赤い欄干で区切られた四方の中で源氏物語の世界が広がる。平安の音楽は幽けく響く。ひいろひいろと鳴る笛の音の中を、鳥の羽根をつけ朱色の衣をまとった舞人がゆるゆると進み舞う。動きは非常にゆっくりである。ときおりぴょんと跳ねる。庭に舞いこんできた鳥を夢見心地で飽かず眺めているようだ。
 舞人はゆっくりと膝を深く曲げ、体の重心を移し、膝を伸ばす。そしてまたゆっくりと膝を曲げ、重心を移動させる。見慣れたダンスとはまったく違う。早く旋回したり、高く跳んだりはしない。まるで神聖な儀式のようだ。
 この舞は踊る人の楽しみの為ではなく、神や貴人に捧げる為のものだと感ぜられる。それとも舞人にも神や自然と一体になるような陶酔感があるのだろうか。
 
 
 解説:奈良大学 名誉教授 笠置侃一氏
 「迦陵頻」は、祗園精舎の供養の日に極楽にいるというめでたい霊鳥・迦陵頻伽が飛んできて舞ったのを妙音天が舞に作ったといわれるもので、奈良時代に仏教とともに日本に伝わって来たインド系の舞です。
 「胡蝶」は日本で作られた舞です。宇多上皇が童相撲をご覧になられるについて、山城守藤原忠房が作曲し、敦実親王が舞を作られました。朝鮮半島の音楽や舞の形式で作られました。
 一番古くは朝鮮半島から、その後に、隋の時代に中国の舞踊が入って参りました。その中国の文化の中に東南アジアやインド、大陸の音楽が入っていました。
 雅楽は大陸系のものと、半島系のものと二つに分けられます。大陸系のものを左舞と申します。「迦陵頻」がそうです。衣装も区別いたします。大陸系の左舞は赤い衣装を身につけます。四季の花をかざした天冠をいただき、鳥の羽根を背に銅拍子を持って舞います。
 半島系のものを右舞と申します。「胡蝶」がそうです。緑色や濃い紺、黄色の衣装をまといます。背に極彩色を施した大きな蝶の羽根を負い、額に山吹の花をかざした天冠をつけ、手にも山吹の花を持ちます。今日は冬なので黄色い菊の花を手にしています。花に遊びたわむれる蝶を表す舞いです。
 音楽にも違いがあります。大陸系の曲「迦陵頻」ではリズムをでとります。半島系の「胡蝶」では鼓でトントンととります。
 一番大きな違いは笙です。韓国の音楽には笙がありません。笙は吹いても吸っても鳴ります。のべつ鳴るのです。笛や篳篥には息継ぎの間があります。空白の間ができるのです。空白の「間」は空白ではございません。間が味のある音楽をつくるのです。
 
 
 ちょっと一口 「椿餅」(つばいもちひ)
 寶菓匠 菅屋製
 
 源氏物語の「若菜上」という帖で若い人々が蹴鞠の後に椿餅を食べる場面がある。生菓子の元祖 "椿餅"を賞味いただいた。
 やんごとない姫のかわいいお口に入ったお菓子は、緑の葉っぱにくるまれた真白なお餅だったようだ。
 
 
 
 
 
 
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 恐ろしや源氏物語』、『千年の恋』を語る
 講演:早坂暁氏
 インタビュアー:工藤美代子氏
 
 工:『恐ろしや源氏物語』を読んで、目からウ
 ロコが100枚ほどとれた感じがしました。
 このタイトルはどうしてつけられましたか?
 早:まずはあんな長大な作品の脚本を依頼
 されてオソロシヤ(笑)
 こんな大作の作者の名前すら分らない。
 紫式部は本名ではありません。名も無
 い、外へも出ない、顔も出さない。学問も
 要らない1000年前の女性の姿です。
 そんな中でなんでこんな長い物語を書い
 たのかが疑問で、それを手がかりに読み
 解いて行きました。
 どれ一つとして幸せな話はありません。
 女の悲劇ばかりが書いてある。ほとんど
 レイプ物語だ。僕は女の歯ぎしりだと思っ
 て書きました
 工:そんな女性が虐げられた時代に彼女が
 作品を残せたのは?
 早:それも不思議。出版社はない。まず、紙
 が貴重品。出版費用は10数億円くらい
 だろうと思います。最大の謎はスポンサ
 ーは誰か。たぶん藤原道長でしょう。
 工:なんで彼がお金を出してあげたのでしょ
 う。
 早:聞いた訳ではありませんが(笑)、ひとつ
 には娘、彰子の家庭教師として紫式部を
 迎えたかったからでしょう。サロンをつくっ
 て天皇を招き、娘に天皇の子供を産ませ
 て権力を握りたかったのです
 道長の野望です。これは今も変わりませ
 んね。女性は子供を産むだけの道具であ
 り、結局は玩具にすぎない。そういうふう
 に不当に扱われてきたことに対する怒り
 が、源氏物語にはいっぱい詰まっている
 気がします。
 紫式部が書いているのは、痛烈な男性批
 判、体制批判だと思います。権力者であり
 パトロンでもある道長に対して、紫式部は
 刃を突きつけているのです。それで私はこ
 の本を「恐ろしや源氏物語」と名づけてい
 るのです。
 映画では弟を登場させて、「こんなことを
 書いたら一族が抹殺されるよ」と言わせ
 ました。式部は「解らないわよ。千年たっ
 たら解るかしら」と答えます。今ちょうど源
 氏物語から千年くらいです。だから僕たち
 は紫式部さんのメッセージに気づいてあげ
 なくてはいけません
 工:早坂先生のお気に入りの女性は登場しま
 すか?
 早:明石の君ですね。彼女は地方で育ってい
 るので、肉体を持った女性です。ほかの
 姫君た ちは宮中で暮らしていたので運
 動 不足と栄養 失調で貧相な体だったと
 思い ます。やっぱり 肉体を持った女性が
 登場し ないといけないわけで、映画では
 細川ふみえさんが演じていますが、水中
 出産もしてもらいました。
 又、末摘花で女の誠がわかります。この
 ふたつのエピソードはとても大切だと思っ
 ています。
 工:なぜ「源氏物語」は古典として読み継が
 れてきたのでしょうか?
 早:面白いからでしょうね。「源氏物語」は嫉
 妬物語、がまん物語だ。
 その感性は1000年経っても変わりませ
 ん。現代に通じる、だからいつ読んでも
 新しい。
 工:今、なんで「源氏物語」なのでしょう?
 早:それは女の人が抑圧されているという証
 拠です。だから共感を呼ぶのです。
 工:女性がくやしい思いをしているかぎり、源
 氏物語は読み継がれるというわけです
 ね。
 
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